日本の球界の大スター、長嶋茂雄さん。
そんな長嶋茂雄さんですが、伝説がすごすぎたのか気になりますよね。
また、グラウンド外でのエピソードも知りたいところです。
そこで今回は、
- 長嶋茂雄の伝説がすごすぎた
- 長嶋茂雄のグラウンド外でのエピソード
主にこれらについて迫っていきます。
それでは早速本題に入りましょう!
目次
長嶋茂雄の伝説がすごすぎた

長嶋茂雄さんの伝説は、すごすぎたのでしょうか?
長嶋茂雄さんは、「ミスタープロ野球」「ミスター・ジャイアンツ」と呼ばれ、日本プロ野球史上最大級のスーパースターとして数々の伝説を残しました。
その伝説は、数え切れない逸話として語り継がれています。
- 1958年のプロ1年目で打率.305、29本塁打、92打点を記録し、本塁打王・打点王・新人王を獲得。
- 1959年6月25日の「天覧試合」(昭和天皇が観戦した試合)で、阪神戦に同点本塁打とサヨナラ本塁打を放ち、日本中を熱狂させた。
- 王貞治との「ON砲」で、巨人のV9(1965~1973年の9連覇)を牽引。
- MVP5回、首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回など、数々のタイトルを獲得。
- 引退時の「わが巨人軍は永久に不滅です」という名言とともに、背番号3は永久欠番となった。
◆74年10月14日(後楽園球場での引退セレモニーで)「私はきょうここに引退いたしますが、わが巨人軍は永久に不滅です」
出典:日刊スポーツ
長嶋茂雄のグラウンド外でのエピソード

長嶋茂雄さんのグラウンド外でのエピソードはどうなのでしょうか?
長嶋茂雄さんのグラウンド外でのエピソードは、以下の通りです。
- 息子・一茂さんを球場に置き忘れて帰宅した(試合に熱中しすぎて忘れてしまった)。
- 試合前の練習に夢中になりすぎて、着替えて帰ろうとし、周囲が慌てて止めた。
- 汗を拭こうとして、タオルと間違えてボールを拭く雑巾で顔を拭いた。
- サイドブレーキを引いたまま高級車を運転し、「アクセルが重い」と言っていた。
- ふぐ刺しを全員分まとめて一人で食べてしまった。
- スイカの一番おいしい部分(頂点)だけを全て食べてしまった。
- 契約金1800万円の行方が分からなくなった。
- 電話番号をメモに書いた際、1桁だけ紙からはみ出して机に書いてしまい、渡した人がかけられなかった。
- 少年野球チームの全員を「赤井君」と呼び続け、スポンサー名を知らなかった。
- 解説者として「この試合は1点でも多く取った方が勝ちでしょうね」と名言(迷言)を残す。
息子で元プロ野球選手・タレントの一茂が幼い頃、球場に連れていったものの、試合後、忘れて帰宅してしまったことは有名なエピソード。
出典:Yahoo!ニュース
まとめ
今回は、長嶋茂雄さんの伝説がすごすぎたのかや、グラウンド外でのエピソードもお伝えしてきました。
長嶋茂雄さんは、「ミスタープロ野球」「ミスター・ジャイアンツ」と呼ばれ、日本プロ野球史上最大級のスーパースターとして数々の伝説を残しました。
その伝説は、数え切れない逸話として語り継がれています。
また、長嶋茂雄さんは、グラウンド外でも数々のエピソードを残しています。
各界に悼まれる長嶋茂雄さんの、後世に残るはずの功績は素晴らしいものですね。
それでは、お読みいただきありがとうございました!
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